<特別対談> 福島の未来を語る 〜地方創生と若者への期待〜
福島県知事 内堀 雅雄 × 福島大学長 中井 勝己 対談
内堀雅雄知事と中井勝己福島大学長の特別対談が2015年11月6日、福島県福島市の福島大学附属図書館で行われました。同大の学生や一般参加者など会場からあふれる約200人が聴講する中、東日本大震災と原子力災害からの復興に向けた取り組みや、それに向けての福島大学の学術的な知見の必要性と若者が福島を理解し地元に定着することの重要性などについて意見が交わされました。対談の内容を抜粋してご紹介します。
福島県知事 ■ 内堀 雅雄 (うちぼり・まさお) |
福島大学長 ■中井 勝己 (なかい・かつみ) |
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1964年長野県長野市生まれ。東京大学経済学部卒業。2001年総務省より福島県へ出向し、生活環境部次長、生活環境部長、企画調整部長を経て、2006年12月から2014年9月まで福島県副知事、同年11月から福島県知事に就任、現在に至る。趣味はスポーツ観戦、音楽鑑賞。好きな言葉は「進取果敢」。 | 1951年兵庫県伊丹市生まれ。専門は行政法学、環境法学。立命館大学大学院法学研究科博士課程単位修得退学。1988年福島大学に赴任し、行政政策学類長、理事・学務担当副学長、理事・総務担当副学長、学長特別補佐(うつくしまふくしま未来支援センター長)を経て、2014年4月から福島大学長に就任、現在に至る。 |
県と高等教育機関の緊密な連携と、若者の育成・定着で福島の復興へ
福島大学ならではの知見を生かした復興への取り組み
■中井学長
現在、政府は「地方創生」を政策の大きな柱とし、その中でも特に、若者たちを地方にどう定着させるかを非常に重要な課題として掲げています。また、震災から4年半以上がたちました。本学の中には、被災地出身であったり、家族が避難を余儀なくされていたりする学生がおり、その意味でも福島や東北の震災復興にかかわりたいという学生が多いことを私も承知しています。そういう学生たちの思いについても、ぜひ内堀知事とお話ができればと思い、今日はこのような場を設けさせていただきました。
最初に、福島大学に期待していただいていることについてお話を伺いたいと思います。
■内堀知事
まず、福島大学には震災後から今日まで、福島の復興にご尽力いただいていることに、改めて感謝を申し上げたいと思います。
私が福島大学に期待したいことは「福島の復興に引き続き力を貸してほしい」、この一言です。
例えば、平成23年4月には「うつくしまふくしま未来支援センター」を立ち上げ、被災者や避難者の皆さんへの支援に取りかかっていただきました。また、農・環境復興支援部門における知見の蓄積を背景にした大学院「地域産業復興プログラム(ふくしま未来食・農教育プログラム)(注1)」を開設して、学生だけではなく社会人への教育にも力を貸していただきました。
平成25年7月には環境放射能研究所を設置して、環境放射能の動態に関する国際的な研究もスタートされましたし、また、福島県双葉郡教育復興ビジョン推進協議会(注2)においては、中田スウラ教授に座長に就いていただき、今春の広野町「ふたば未来学園高等学校」の開校に力を尽くしていただきました。
また、福島県では現在、「イノベーション・コースト構想(注3)」を掲げており、その中でアーカイブ拠点施設の有識者会議を設置し、小沢喜仁副学長に座長として取りまとめをしていただいています。また、丹波史紀准教授には、「ふくしま未来学」の展開など、福島大学の学生が原子力災害を踏まえた本県の地域課題を実践的に学ぶ機会をつくっていただいています。
これからも引き続き、福島が震災や原子力災害からの復興・再生を果たしていくために、地元の高等教育機関あるいは研究機関として先導的な役割を果たしていただくことを期待しています。
■中井学長
知事のお話にもありましたように、本学では「ふくしま未来学(注4)」を昨年からスタートさせています。これは、学生たちが被災地の体験を大学の講義として学ぶものですが、その中に「むらの大学」という地域実践型学習がありまして、被災自治体の首長さんや復興支援にかかわっている方に直接聞き取り調査を行うなどしています。
また、本学の鈴木典夫教授が中心になり「災害ボランティアセンター」を立ち上げているのですが、現在登録している学生が300名強います。その学生たちの一部が、「いるだけ支援」という、仮設住宅に2〜3カ月滞在して、特に高齢者に寄り添い支援する事業を展開しています。さらには、歴史関係の先生方が中心になった「文化財レスキュー(注5)」の取り組みもあります。
このように、教員も非常に頑張っていると同時に、学生たちも震災復興にかかわるさまざまな活動をしてきているところです。
「地方創生」のカギは県と高等教育機関の連携
■内堀知事
今、中井学長と話しているメインテーマは震災と原子力災害からの復興ですが、福島にはもうひとつ大切な課題があります。それが「地方創生」です。
地方創生とは何かというと、人口減少対策・少子高齢化対策です。日本は成熟国家になって、これから人口が減っていきます。しかし、減る一方では国の力が衰えてしまうので、なんとか減るスピードを抑えていこうというのが、国を挙げての地方創生の取り組みです。
そこで福島県では、2020年までの目標や施策の基本的な方向、具体的な施策をまとめた「福島県まち・ひと・しごと創生総合戦略」を策定中です。これは、「しごと」をつくり、「ひと」の好循環を生み出して、人口減少に歯止めをかけたいというもので、まさに福島大学のような意欲のある事業主体と連携しながら重点的・集中的に取り組み、モデルケースやサクセスストーリーをつくろうとしています。そして、そのサクセスストーリーを自分もまねしていこうという動きを全県に広げていきたいと思っています。
■中井学長
地方創生については、文部科学省が地方創生の大学版である「COC+(注6)」を展開するということで、われわれもそれに申請いたしました。福島大学が中心になって県内の高等教育機関にも声をかけ、結果的には、いわき市の東日本国際大学、福島工業高等専門学校と、福島市の桜の聖母女子短期大学の4つの高等教育機関が共同で申請し、今年9月末に無事採択の連絡をいただきました。
その事業内容は、「ふくしまの未来を担う地域循環型人材育成の展開」というネーミングのもと、震災・原子力災害からの地域再生を目指す人材育成プログラムを大きな柱にしています。併せて、各大学の教育プログラムを共同実施することや、インターンシップをさらに充実・必修化するような取り組みも掲げています。
また、全国的に若者の早期離職が大きな問題となっていますので、そういった課題に対応するために、県内の各大学のOB・OGがキャリアサポーターという役回りになりアドバイスしていくといった、新卒採用の方々が社会人としてうまく定着できるような制度を、この事業で実施していこうと準備を進めているところです。
■内堀知事
素晴らしい取り組みだと思います。福島の現状は、高校生の8割が大学進学などで県外に出る、大学生の6割が県外に就職するなど、若い方が県外に流出してしまう傾向があります。
そういう中で、福島大学のCOC+事業は、魅力のある教育環境をつくって福島を担う人材を育成しようという意欲を持っておられます。地元福島での就職率を10%増加させようという具体的な目標も設定していただきましたし、復興支援だけではなく、地元の大学として地域へ貢献しようという思いを強く打ち出していただいています。
県としても地域創生の総合戦略の中にこの取り組みを盛り込み、大学や企業、商工団体との連携をこれまで以上に密にして、県内の若者が地元の大学や企業に魅力を感じ、自分たちの選択の結果として福島に定着できる環境をぜひ、つくり上げたいと考えています。
国内外の若者を結集し「イノベーション・コースト構想」の実現へ
■中井学長
先ほどお話がありました福島県の取り組みのひとつ「イノベーション・コースト構想」について、もう少し詳しくご説明いただけますか。
■内堀知事
震災と原子力災害によって、原発に近い双葉郡では従業者の3割が働く場を失いました。浜通りを復興していくためには、この失われた産業基盤の回復を図っていくことがどうしても必要になります。
原子力災害からの復興には、廃炉技術の確立が不可欠です。また、先進的なロボットの研究開発もしていかなければなりません。どうしてロボットかというと、答えは簡単です。事故を起こしてしまった第一原発は放射線量が高すぎて、ロボットしか修理できないのです。しかし、そのロボット技術が、今はまだ世界にありません。それを、この福島だからこそ造らなければいけないというのが、イノベーション・コースト構想の中核のひとつになります。
さらに、われわれは原子力に依存しない社会をつくるという目標を立てていますので、再生可能エネルギーの技術もイノベーションを起こし、もっともっと高めていかなければいけません。
また、今は残念ながら農林水産業も本当に厳しい状態にありますので、原発周辺の地域で第一次産業を再生するためにも思い切ったイノベーションが必要です。
この構想は、「科学技術イノベーション総合戦略2015」、あるいは「ロボット新戦略」「骨太の方針2015」といった国の方針の中にも位置づけられています。つまり、安倍総理の「福島の復興なくして日本の再生なし」という言葉を形にしているのがこのイノベーション・コースト構想で、福島のためだけではなく、日本全体のためなのだという位置づけになります。
2020年は東京オリンピック・パラリンピックが開催されます。そのときを見据えて国内外の英知を結集し、ロボット産業をはじめ先端的な産業を原発周辺の地域に集積して、実際の研究を加速させ実用化していくという取り組みをこれからの5年間でやっていこう、というのが当面の目標です。
しかし、いくら旗だけ振っても、実際に取り組む若者がいなければ話になりません。また、研究だけではなく、それを実用化し、さらに実践するフィールドも必要です。ぜひ国内外の若者たちにこのイノベーション・コースト構想に参画していただければうれしいですし、福島大学の学生さんが我こそはと参加してくれることを楽しみにしています。
「不可能」の反対語は「挑戦」。チャレンジを続ければ必ず未来が開ける
■中井学長
農学系の人材養成についても知事に意見をいただきたかったのですが、残念ながら予定の時間になってしまいました。
最後に、福島の若者に期待することを知事からお話しいただいて、今日の特別対談を終わりにしたいと思います。
■内堀知事
福島は今、あらゆる分野で課題を山ほど抱えている、といっても過言ではありません。苦しんでいる方々をなんとしても救わなければいけませんし、元の穏やかな福島に戻すとともに、世界の中でポジティブなイメージにつくり直していかなければいけません。そのときに、無理だ、不可能だとあきらめてしまうのか、不可能ではない、必ず道は開けると思うのか、そこが勝負の分かれ目になってくると思います。
「不可能」の反対語は素直に考えると「可能」ですが、私は「挑戦(チャレンジ)」だとよく言います。皆さんもこれから進んでいく道でいろいろな挫折があったり、苦しみから逃げたくなったりすることもあると思います。でも、そこで諦めるのではなくて、挑戦し続ければ必ず道は開けます。先日のラグビーワールドカップ2015(注7)で、日本が予選の4試合で3回も、しかも南アフリカに勝つなんて、誰一人思っていませんでした。それでもできたのは、彼らが挑戦し続けたからです。ノーベル賞を受賞した2人(注8)の大先輩たちも、ずっとあきらめずに挑戦を続けたから、道が開けたのです。「挑戦を続ければ必ず未来が開ける」。この思いを結びの言葉にさせていただきます。
■中井学長
どうもありがとうございました。こんなに多くの学生の前で知事のお話をいただくことができて、大学の長として本当にうれしく思っております。
福島や東北の復興は、まだまだです。学生の皆さんはこれを機に、福島のことをさまざまな形で考えていただければと思います。この中には将来、県職員になりたいという学生もいれば、地元の市町村に戻って震災復興にかかわりたいという学生もいると思います。もちろん、そのほかの多様な道に進む学生の皆さんにとっても、今日の知事のお話は、今後の大学での学びや活動を考える良い機会になったと私は確信しています。
内堀知事、学生たちそして大学のために、お忙しいところ時間を割いていただきまして、誠にありがとうございました。
注1【地域産業復興プログラム(ふくしま未来食・農教育プログラム)】 大学院経済学研究科が開設しているプログラム。福島県をはじめとする日本の地域産業復興の担い手となるエキスパートを養成する。 注2【福島県双葉郡教育復興ビジョン推進協議会】 福島県の浜通り地方にある8町村の教育長などを構成員とした会議。教育のあり方などの課題解決と世界に誇れる教育復興を目指す。 注3【イノベーション・コースト構想】 原子力災害からの復興に不可欠な廃炉技術の確立を始め、ロボット関連産業等の新産業の創出などにより、失われた産業基盤や雇用の回復を図り、浜通りの魅力ある再生に向けた国際研究産業都市構想。 注4【ふくしま未来学】 文部科学省平成 25 年度「地(知)の拠点整備事業(COC事業)」として本学が実施する教育プログラム。原子力災害からの経験を踏まえ、地域社会の「みらい」を創造できる人材を育成する。 注5【文化財レスキュー】 本学教員などによるボランティア組織「ふくしま歴史資料保存ネットワーク」による文化財の保全活動。原発事故による避難指示等の制約の中で、文化財の移送や修繕などの活動を行っている。 注6【COC+】 文部科学省平成 27 年度「地(知)の拠点大学による地方創生推進事業(COC+)」として本学が実施する地方創生事業。大学が地方公共団体や企業等と協働して、その地域が求める人材の地元定着を目指す。 注7【ラグビーワールドカップ】 2015年イングランド大会1次リーグにおいて、日本代表がワールドカップで 24 年ぶりに勝利するとともに史上初の3勝を挙げた。 注8【ノーベル賞受賞者】 2015年、大村智・北里大学特別栄誉教授が生理学・医学賞を、梶田隆章・東京大学宇宙線研究所所長が物理学賞を受賞。 |